蛍光共鳴エネルギー移動 (FRET)
二色の異なる蛍光分子を用いて,蛍光同士のエネルギー授受による蛍光強度を観測することで脂質分子の挙動を解析します。
この時,近づきやすい,または相互作用しやすい蛍光分子同士だとFRETが生じやすく,近接しにくい蛍光同士だとFRTEは生じなくなります。
当研究室では,その原理を用いて脂質分子の挙動を観察していて,例としては細胞やリポソームに薬剤を添加する前後での膜脂質の配向の違いを観察します。
添加前後でのFRETの変化によって膜環境がどのように変化し,何が生じているのかを考察します。
また,FRETは蛍光分子同士が十数nmに近接することで生じるため,顕微鏡観察よりもさらに高感度での解析が可能です。
エレクトロスプレーイオン化-質量分析 (ESI-MS)
質量分析 (MS) は、無機、あるいは有機化合物を適正な方法でイオン化し、生成したイオンを質量電荷比 (
m/z) の差に基づいて分離して、各々の
m/z のイオン量を測定することで定性・定量分析をする手法です。
m/zはイオンの質量を原子質量単位の数値を
m とし、これとイオンの電荷数
z の比を表したもので、
z の値は1となることが多く、この時
m/z の値はイオンの原子質量に対応します。
イオン化された
m/z の値を計測するための方法には飛行時間型 (TOF) や四重極型 (Q) など、様々な方法が存在しています。
例えばTOFでは、一定距離の電場中でイオンを加速させた後、それを電場のない空間に射出します。
電場中のイオンの加速度は
m/z に依存し、加速後の飛行速度は
m/z に反比例するため、これを計測することで
m/z を特定することができます。
また、四重極型はイオンの通り道が4本の電極で構成されており、電極に印加する交流電圧を制御することで任意の
m/z のイオンのみ通すことができます。
質量分析は続けて行うことも可能で (タンデム質量分析)、質量分析を続けてn回行うときMS
nと表記します。
特に2回行うことが一般的でこの時はMS/MSと表記されます。
MS/MSは特定の分子を開裂 (フラグメンテーション) させ、分子内の官能基や骨格の有無、およびこれらが共通してもっているイオン群などの分子の構造情報を与えます。
MS/MSでは、先ほど説明した四重極を3つ連結させたトリプル四重極MSや、2つの四重極とTOFを連結したQ-TOF-MSがよく用いられます。
トリプル四重極を構成する3つの四重極はそれぞれQ1、Q2、Q3と呼ばれ、分析を行う際にはQ1で開裂の元となるプリカーサーイオン (正確にはその
m/z ) を選んで通過させ、Q2のコリジョンセルで不活性化ガスに衝突させフラグメンテーションを起こさせます。
Q3でこれらのフラグメントイオンを分析することで構造情報を読み取るのです。Q-TOFはこのQ3がTOFに置き換わった構造をしており、感度はトリプル四重極MSより低下しますが、より正確なフラグメントイオンの
m/z を取得することができます。
以下の画像は装置紹介のページで紹介したDOPCをQ-TOF-MSで測定したMS/MSデータです。
先端のホスファチジルコリン部分が
m/z = 184.0692 として検出されており、ほかにも様々なフラグメントイオンが検出されていることがわかります。
エレクトロスプレーイオン化法 (ESI) は電圧をかけられたスプレー上の試料出口から液滴として放出された試料溶液に、窒素などのガスを吹き付け、強制的に溶媒を蒸発させると最終的にその分析対象物本体に電荷がのり、イオン化を完了させる方法です。
これによってイオン化された分子がMSに送り込まれ
m/z の検出が行われます。
当研究室では、これを先端が2-4 µmほどのガラスニードルで行うナノエレクトロスプレーイオン化法 (nanoESI) を用いて研究を行っています。
nanoESIでは、放出される試料液滴が小さいため、窒素ガスの吹き付けがいらないことや、溶液の流量が非常に少ないため、最小限の試料消費で分析を行うことができます。
ガラスニードル先端から放出された分析対象物を含む液滴は溶液部分が徐々に蒸発し、最終的に分析対象物に電荷がのる。
キャピラリー電気泳動 (CE)
内径が50 µm ほどの“管”を用いてその中で電気泳動を行う手法をキャピラリー電気泳動 (CE) と呼びます。
この“管”-キャピラリー-の内部表面は一般的にシラノール基 (Si-OH基) が露出しており、これが電離することで負に帯電しています。
電気的中性の原理から泳動液中の陽イオン (主にプロトンH
+) が表面に近接して存在します。
ここに電圧を印加すると、表面近傍に存在する陽イオンが陰極側へと移動し、それに伴って地滑りを起こすように泳動液全体が陰極側へと移動します。
この溶液の流れは電気浸透流 (EOF) と呼ばれています。
この泳動液の中に分離したいイオンが存在していた場合、正電荷を持つイオンはEOFの流れ+自身の電荷による速さで、負電荷を持つイオンはEOFに逆らうように流れていくのでこの速さの違いによりイオンを分離することができます
(残念ながら陰イオンの陽極に向かう早さよりもEOFの方が速いため、いつかは必ず陰イオンも陰極側に流されてしまうのである)。
CEのキャピラリーは内表面にシラノール基(Si-O-)が露出している。
泳動溶液を注入すると、正電荷がキャピラリー内表面の O- に集まる。
電圧を印加すると、正電荷が陰極側へ移動し、EOFが生まれる。
CEでは試料溶液の濃縮も行うことができ、より高感度な分析をすることが可能です。
ここではLDIS法 (
Large-volume
Dual preconcentration by
Isotachophoresis and
Stacking) を例にとって説明します。
LDISでは、まずキャピラリーの陰極側に“蓋”となるようなイオンを注入します。これはleading液と呼ばれています。
この状態でleading液を陽極側に動かすような圧力をかけながら電圧を同時に印加すると、leading液は陽極に移動していくけれども、電圧がかかっている試料溶液内の陽イオンは陰極側に移動していきます。
しかし陽イオンはいずれ少しずつ陽極側に移動するleading液に行く手を阻まれ、そこにとどまってしまい、続々とleading液との境界に集まってきます。
このままleading液を完全に陽極側に移動するまで移動させ、その後通常通りCE分析をかけることで、2000倍以上も濃縮された試料溶液を分析することができるのです。
陰極側に緑で表されているのがleading液
圧力、電圧を同時にかけることで、leading液は陽極側に移動するが、試料溶液は陰極側に移動し、leading溶液の境界面に集まっていく
完全に陽極側までleading液を移動させ終わると圧縮完了
その後通常通りCE分析を行うことで濃縮された試料溶液の分析が可能
CEの出口でESIを行うことで、MSと接続することもできます。これをCE-MSといいます。
CEで様々な分子を分離し、MSでその分子を順番に検出して構造解析することで、どんな試料がどのくらいの量含まれているのかを網羅的に分析することができます。
下の画像は実際にCE-MS (トリプル四重極MS) を使ってナフチルアミンとアミノピレンを混合した試料を分析したデータです。
それぞれ2つのピークとして化合物が検出されているのがわかります。
超高速液体クロマトグラフィー(UPLC)
クロマトグラフィーは、固定相と移動相に対する溶質の親和性の差を利用して物質を分離する方法です。
この中でも移動相に液体を使用するものを液体クロマトグラフィー (LC) といいます。
LCには固定相の種類により一般的に吸着、分配、サイズ排除の3つの分配機構があります。
ここでは吸着クロマトグラフィーについて説明します。
吸着クロマトグラフィーでは固定相にシリカゲル、アルミナなどの吸着剤を使用し、吸着剤の表面に存在する吸着点への吸着力の差を利用して溶質を分離します。
クロマトグラフィーの舞台となるカラムの中には、シリカゲルなどの吸着剤の粒子が大量に詰め込まれています。
シリカゲルの場合は表面にシラノール基(Si-OH)やシロキサン結合(Si-O
-)中の酸素原子と水素原子が水素結合性化合物の吸着点になります。
つまるところ、水素結合性のもの-極性があるものや親水性のもの-がよりよく結合します。これにより結合しやすいものと結合しにくいもので分離をすることができるのです。
カラムにはシラノール基をもつたくさんの粒子が詰め込まれている。
カラムの中に分離したい試料を入れ、分離する。この時、圧力を印加し小さい粒子の間をできるだけ早く通るようにしている。色が濃いほどより親水性の分子。
親水性のものほどより吸着しカラムの中を通るのが遅くなる。
最終的に親水性でない分子ほどカラムから早く流出し、これにより試料の分離が可能となる。
下の画像は糖の混合物を、超高速液体クロマトグラフィー (UPLC) を用いて分離・検出したものです。
この分析で用いているカラムにはシリカゲルではありませんが、シリカゲルと同じく親水性のものほどより結合するジオール基(Si…O-CH
2CH(OH)CH
2(OH))が吸着点となっています。
糖はグルコース同士が2個結合したものから15個まで結合したものの混合物を加えており、グルコースの持つOH基により結合数が多くなるほど親水的になります。
下のグラフでも15個のピークが見えています。
Gの後の数字はいくつのグルコースが結合しているかを示している。G15は非常に量が少なくピークとしては検出されづらくなる。